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2012年03月11日

【NTR失敗】第10回「義清散る」【3月11日放送】

佐藤義清→西行となる第10回。

出家のきっかけは諸説有るうちの、
「待賢門院(たいけんもんいん)との密通」説を
採用した脚本。

いや〜のっけからNTR→OPとはNHKは
この勢いを抑えずにまだまだ腐った女子やNTRマニアの
視聴層に訴えかけて行くということでしょうか。

次回は早くに逝去する清盛の妻、明子と
後妻となる平時子のおはなし。
posted by hiro at 20:58| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 大河ドラマ 平清盛 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月06日

【平清盛】第5回 「海賊討伐」【2月5日放送】

長承2(1133)年、平忠盛(中井貴一)に新たな子・平五郎(のちの頼盛)が誕生し、喜びに包まれる清盛(松山ケンイチ)ら平氏一門。しかしそのころ、長引く飢饉が原因で都には盗賊がはびこり、ますます物騒になっていた。御所を警備していた清盛は通りがかった源義朝(玉木宏)とけんかを始め、それを見かねた佐藤義清(藤木直人)は2人を自邸に招く。飢えた世の中に対し、義朝は武士の力を示す好機ととらえ「強さを磨きたい」といい、義清は「美しく生きたい」、清盛は「おもしろく生きたい」と、それぞれの志を語った。
乱れた世を嘆く崇徳帝(井浦新)は、飢饉への策を講じたいと政治への意欲を示すが、鳥羽上皇(三上博史)は一蹴、その権力を一切譲ろうとはしなかった。一方で鳥羽上皇の后であり、崇徳帝の母である璋子(たまこ:檀れい)は宮中で絶大な権力を持っていた。あるとき、藤原長実(国広富之)が娘の得子(なりこ:松雪泰子)を帝へ入内(じゅだい)させてほしいと璋子に申し出る。璋子は鳥羽上皇へその話をとりなす際に、自分が白河法皇から受けた寵愛の思い出を無邪気に語った。鳥羽上皇は璋子を「もののけ」と呼んで激高し、感情のおもむくまま得子に手を出してしまう。得子は上皇を受け入れ、のちに正式な后となった。
保延元年(1135年)、朝廷では藤原忠実(國村隼)ら貴族たちが集まり、瀬戸内海を荒らす海賊対策の会議に追われていた。その会議にご意見番として招かれた高階通憲(阿部サダヲ)は、自己中心的な貴族たちを非難するが誰も聞く耳を持たない。結局、鳥羽上皇の命令で平氏が海賊の追討をすることになった。忠盛は清盛を討伐の一員に加わえ、家盛(大東駿介)には留守居を命じた。清盛をよく思わない叔父の忠正(豊原功補)は、忠盛に跡継ぎをどう考えているかを問うと、清盛は自分が跡継ぎになるつもりはないと宣言した。
平氏の一行が華々しく西へ向かうころ、義朝は修行の旅へと東へ向かった。京へ残った家盛は母・宗子(和久井映見)に忠盛と夫婦になったいきさつを尋ねていた。宗子は清盛出生についての事情を知った上で忠盛を支えるために妻となり、清盛の母になったことを告げる。
一方、安芸(広島)の宿営地で海賊討伐について語る平氏一門に向い、元漁師の鱸丸(すずきまる:上川隆也)が海で暮らす者たちと海戦する困難さを説く。その言い方に反発した侍大将・伊藤忠清(藤本隆宏)は鱸丸を恫喝し、忠正は鱸丸を侮辱した。すると清盛は忠正につかみかかり大混乱になる。その後忠正と清盛は二人きりとなり、忠正は清盛に「お前が禍(わざわい)の種としか思えない」という心情を語って去る。思い悩む清盛の前に突然、高階通憲があらわれた。西海の状況が知りたくて追討軍の荷車に隠れてついてきたのだ。通憲は清盛が背負う運命が禍か宝になるかは自分次第だと清盛を諭す。
やがて安芸の海に到着し、討伐に出発した忠盛・清盛たちを待ち受けていたのは、巨大な海賊船だった。
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posted by hiro at 13:31| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 大河ドラマ 平清盛 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月30日

【平清盛】第四話「殿上の闇討ち」【1月29日放送】

【あらすじ】
北面の武士として鳥羽上皇(三上博史)に仕えることになった清盛(松山ケンイチ)は、北面の武士の中でもひときわ文武両道に秀でた佐藤義清(のりきよ:藤木直人)と出会う。義清は卓越した武芸をなんなく披露し、璋子(たまこ:檀れい)と女房たちとの歌合(うたあわせ)の場でも歌の名人である堀河局(りょう)の歌に適切な意見を述べて注目を浴びた。清盛は義清を意識しすぎて武芸の修練では失敗し、歌では的外れなことを言ってあきれられる始末だった。
そのころ、忠盛(中井貴一)は観音堂に千体の観音像を寄進するなど、璋子への愛憎に苦しむ鳥羽上皇の心の隙に入り込んでいった。やがて、忠盛は武士としては初めて、内裏への昇殿が許される「殿上人」に昇りつめた。祝宴を開き盛り上がる平氏一門をよそに、武士の心を忘れ、出世にいそしむ父の姿に清盛は反発を感じていた。
忠盛の出世は波紋を広げていた。平氏に差をつけられた源氏の棟梁、源為義(小日向文世)はやけ酒をあおり不運を嘆くと息子・義朝(玉木宏)から源氏の凋落(ちょうらく)は為義のふがいなさのためだと責められる。一方、藤原摂関家のおさ・忠実(國村隼)は鳥羽上皇に、忠盛が殿上人になったことへの不服を述べると、上皇は藤原摂関家の命運は自らが握っているかのように答え、忠実を牽制(けんせい)した。
ある日、藤原家成(佐藤二朗)の館で忠盛と清盛を迎えて宴が開かれ、その場に藤原忠実と息子の忠通(堀部圭亮)もやってきた。忠実は一計を講じて忠盛に舞うことを申し付ける。忠盛は堂にいった舞で周囲を魅了するが、忠実は伴奏を乱れさせるほか貴族たちが忠盛に酒を浴びせるように仕組み、忠盛を笑いものにする。屈辱を甘んじて受ける忠盛の態度に清盛は怒りを抑えかねていた。
その後、藤原忠実は源為義を呼び、平忠盛が豊明節会(とよあかりのせちえ)という儀式に出席するときに隙ができることを教え、忠盛を討ち取るようそそのかす。一方、それぞれ父への不満を抱えた清盛と義朝が出会う。清盛は武士の心を忘れて宮仕えにいそしむ父・忠盛への不満をぶつけ、義朝はふがいない父・為義への不満を清盛にぶつけた。そこへ源氏の家臣・鎌田通清(金田明夫)がかけつけ、為義は忠盛を斬るつもりだと告げる。
夕暮れ時、内裏の渡り廊下を一人で歩く忠盛に為義が迫り、源氏の未来と息子・義朝のために忠盛を斬ると告げる。忠盛は「源氏と平氏の勝負は武士が朝廷で力をつけてからでも遅くない」と為義を制し、「王家の犬では終わりたくない」という悲願も告白する。その一部始終を清盛と義朝はかげから見つめていた。忠盛の帰りを待ちかまえていた清盛は、忠盛にいつから野心をもっていたかを問うと、忠盛は「清盛をわが子として育てると決めた時だ」と答えた。父への認識を新たにした清盛は、すがすがしい笑みをうかべていた。


【2月1日発売】NHK大河ドラマ《平清盛》サウンドトラック

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posted by hiro at 15:58| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 大河ドラマ 平清盛 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月22日

【平清盛】第三話「源平の御曹司」【1月22日放送】

【あらすじ】
清盛(松山ケンイチ)は、瀬戸内海で自称船の警護役として、
海賊と戦い、取り返した食物を盗まれた漁民に返すという
無頼の日々を送っていた。しかし、賊と間違われた清盛は
捕らえられ、京に連れ戻されてしまう。

再会した父・忠盛(中井貴一)は、清盛に「北面の武士」という
院の警護役を負わせようとするが、清盛はそれを拒否。
あくまで自分ひとりの面白き人生を歩む、といきまく。
そんなある日、清盛をひとりの若武者が呼びとめる。
その男の名は、源義朝(玉木宏)。父の宿敵・為義
(小日向文世)の子で、清盛の終生のライバルとなる男であった。
義朝は清盛に、源氏と平氏のどちらが上か、
競べ馬で勝負しろ、とふっかける。

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posted by hiro at 20:00| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 大河ドラマ 平清盛 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月16日

【平清盛】第二話「無頼の高平太」【1月15日放送】

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【あらすじ】
成長した平太(松山ケンイチ)は、ふたりの父を持つという
数奇なさだめを知らされ、何者でもない自分にいらだち、
賭場をうろつきまわっていた。人々はそんな平氏の嫡男を
いつのころからか「無頼の高平太」と呼ぶようになっていた。
育ての父である平忠盛(中井貴一)は、血のつながらない平太を
嫡男として育てていることで、弟の忠正(豊原功補)と
いつもぶつかりあう。

そんなある日、夜の町をさまよう平太は、落とし穴にはまった男・
高階通憲(たかしなのみちのり:阿部サダヲ)を助けた。
通憲は乱れた世を嘆き、殺生禁断令(せっしょうきんだんれい)を
だして狩りや漁を禁じた白河法皇(伊東四朗)を「もののけ」と呼んだ。
白河法皇は平太の実の父でもあった。絶大なる権力者として
悪政を続け、祗園女御(ぎおんのにょうご:松田聖子)の話にも
耳を傾けない。一方、鳥羽上皇(三上博史)は、后(きさき)である
璋子(たまこ:檀れい)のもとに通いつつも、白河法皇への
憎しみを募らせていた。

1129年、平太の元服式が行われた。派手な衣装であらわれた平太は
加冠役の藤原家成(佐藤二朗)に白河法皇の悪政を貴族が
正さないことを責めた。侍大将・伊藤忠清(藤本隆宏)が
無理やり平太を押さえつけ、忠盛は「清盛」の名を与えた。
平清盛が世にあらわれた。

ある日、清盛が兄のようにしたう漁師の鱸丸(すずきまる:上川隆也)の
父・滝次(河原崎建三)が漁をしたため捕らえられてしまう。
忠盛の忠告も聞かず清盛は白河法皇のもとに乗り込み、
滝次の釈放を訴えた。そして白河法皇の横暴さを
「もののけ」のごとき振る舞いとなじる。すると白河法皇は、
命に背いて産んだ母親(吹石一恵)はここで殺された、
お前にも「もののけ」の血が流れていると告げ、
清盛は大きな衝撃を受けるのであった。

石清水八幡宮の臨時祭が行われた。舞人に選ばれた清盛は、
白河法皇たちの前で華麗に舞う。踊りの中で自らの剣を手にした清盛は、
白河法皇に斬りかかるように刃を向ける。そして剣を大地に刺し、
「おもしろう生きてやる」と宣言し、笑った。そんな清盛を
遠くから見つめる青年がいた。武者丸、のちに終生のライバルとなる
源義朝(みなもとのよしとも:玉木宏)だった。それから数か月後、
白河法皇は崩御、鳥羽上皇が権威の座についた。
世は乱世へとなだれこんでいくのだった。
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posted by hiro at 09:16| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 大河ドラマ 平清盛 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月08日

【平清盛】第一話「ふたりの父」【1月8日放送】

【あらすじ】
1118年京都。300年の平安を誇った貴族の世も乱れ、
武家・平氏の嫡男である平忠盛(中井貴一)も、
朝廷の命令のまま盗賊などの捕縛を行う汚れ仕事を行っていた。
そんなある日、忠盛は物乞い姿のひとりの女と出会う。
その女・舞子(吹石一恵)は、院の御所に出入りする白拍子で、
時の最高権力者・白河法皇(伊東四朗)の子を身ごもっていた。
不吉な子として殺されることを恐れ、逃げてきた舞子を、忠盛は、
追っ手の源氏方の武士・源為義(小日向文世)の追求を逃れ、
自らのもとにかくまう。忠盛の家の納屋で、舞子は赤ん坊を
産み落とす。その赤ん坊こそがのちの平清盛であった。
人を斬ることに疲れていた忠盛と舞子は、やがて心を
通い合わせるようになる。

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posted by hiro at 21:30| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 大河ドラマ 平清盛 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月03日

【1/8〜】大河ドラマ「平清盛」、今週末放映開始




2012年大河ドラマは、松山ケンイチ主演「平清盛」。
いよいよ次の日曜日、1月8日から放映開始ですね。

昨年の「江」に関しては、上野樹里の噴飯ものの演技と
田渕久美子の糞脚本というこの上ない悪条件が重なって
凄まじい悪臭を放ったまま終了しましたが、
今作「平清盛」は、一昨年のマチャ主演「龍馬伝」のような
オトコ臭い映像とダイナミックな展開を期待させる予告で
hiroは今から大変楽しみにしております。



ここで少しだけ、平清盛に関するウンチクを。

多くの人が歴史で学んだ「平清盛」のイメージは、というと、
「平家にあらずんば人にあらず」という有名な言葉と併せて
記憶され、古来「成り上がり者の暴君」というイメージが
あるようですが、現存する一時資料によれば、実は非常に
温厚な人柄であったそうで。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E6%B8%85%E7%9B%9B

>『平家物語』における悪虐、非道、非情の描写から、
>平清盛は古来成り上がり者の暴君、という評価が定着していたが、
>一方で実際の清盛の人物像は温厚で情け深いものだったともいわれている。

>「平家物語」においても若い頃に世話になった
>藤原顕時の息子である藤原行隆が苦境に陥っていることを知り、
>援助を申し出るなど、義理堅い一面が描かれている。

>清盛の非道を示す有名なエピソードである「殿下乗合事件」は、
>清盛が松殿基房に報復したというのは『平家物語』のフィクションであって、
>実際には非道な報復を行ったのは(清盛の長男)重盛であり、
>『玉葉』や『百錬抄』の記述によれば清盛はむしろ基房に
>謝罪的な行為を示したと言われる。
>事件の背後には平氏と摂関家の強い反目があったと考えられる。

それと、清盛は「武士として初めて『太政大臣』になり...」
というのも歴史ではみなさん良く学んで、時の最高権力者と
なったことを強調した教科書の記述があると思いますが、

実は「太政大臣」という職は、古来摂関家など天皇の血筋に近い
身分の果てしなく高い人の為の名誉職であり、実権がともなった
職ではなかったそうで。
清盛は太政大臣になってから数ヶ月で職を辞したそうです。
そこらへんは上記リンク先にも書かれてますので、どうぞ。

それでは「武士の成り上がりがなんで太政大臣に成れたのだ?」

という疑問が湧いてくるわけですが。
(と言っても、平家も源氏も元は天皇の血筋ですけどねw)

平清盛の母親については、現在のところ明確ではなく、
一説では祇園女御(演:松田聖子)の妹、という説があります。

この妹というのは名前の記録が不明で、
本作の大河ドラマでは「舞子」(演:吹石一恵)とされ、
清盛の母親という設定だそうで。

で、この姉妹は、時の最高権力者であった
「白河法皇」のお手つき、ようは妾さんですね。

その白河法皇とお妾さんの間の「ご落胤」が、清盛。
つまり、天皇の血を引く一人だった、というわけです。

またも上記のwikipediaにもあるように、
当時の朝廷がその清盛の出自を非公式ながらも
認識していたから、清盛の武士としての勢力が
最高潮となった時、太政大臣まで上り詰めることができた、
という説だそうで、大河ドラマではその説をベースとした
脚本となっているようですね。

というわけで、大河ドラマ「平清盛」の第一話のタイトルは、

「ふたりの父」


1月8日は時間枠が拡大で放映予定です。


posted by hiro at 09:09| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 大河ドラマ 平清盛 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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